談話室(ティータイム


   
   聖書は神の言葉です
 

「聖書はすべて、神の息吹かれたものであり、人を教え、戒め、矯正し、義の中で訓練するのに益があります。それは、神の人があらゆる良いわざのために十分に装備されて、完全な者になるためです」                                   (Uテモテ31617)。

(1)聖書の特性

聖書はすべて、神の息吹かれたものです。

聖書は、神の霊感によって書かれた神からの書物、神の言葉です。「霊感を受けた」というギリシャ語原文は、「息吹かれた」を意味します。聖書は神の息吹きです。神にとって、それは息吹出されたものであり、わたしたちにとっては、吸い込むものです。わたしたちが吸い込むことによって、神の言葉はわたしたちの命、命の供給となります。わたしたちは思いで聖書を理解するだけでなく、わたしたちの霊をもって言葉に触れなければなりません。

 そのような意味で聖書は特別な本です。本の中の本です。神の霊感があるので、神聖な権威と価値があり、聖書は人を神に触れさせ、人を生かします。

 聖書は66巻。旧約(39)新約(27)・・・・3(サン)×9(ク)=27

 聖書は全部で1189章。・・・・イイヤク(良い訳)。

 聖書は31173節。・・・・聖書の真ん中にあたる節は、詩篇118:8

 聖書で一番長い節・・・・エステル8:9

 聖書で一番短い節・・・・ヨハネ11:35

 毎日、旧約3章、新約1章ずつ読むと、1年で読み終える。

 主日に7章ずつ読むと、新約を1年で読み終えることができる。

 

(2)その調和と統一性

聖書には驚くべき調和と統一性があります

聖書は約1600年にわたって、約40人によって書かれました。彼らの職業、地位、性格、時代、場所など全く異なっているのに、まるで一人の人が書いたかのように、構造的に、歴史的に、預言的に、教理的に、霊的に一貫しているのです。一つの矛盾もありません。知的能力においても、生活環境おいても、住んでいる場所も異なっていて、互いに何の連絡もできないのに矛盾がないとしたら、これはどう説明したらよいでしょうか?神の言葉であると言う以外に説明のしようがありません。
聖書は神の言葉です。

 
            
              (3)聖書は厳しい攻撃に耐えてきた

聖書は最も愛読されてきましたが、また最も嫌われ、攻撃され、破壊されてきました。聖書を持っているだけで、その人は処刑された時もあります。一世紀の後半から四世紀初めまで、ローマ帝国における迫害でも聖書は焼かれ、また中国でも文化大革命の時に教会は大きな迫害を受け、聖書は取り上げられて焼かれました。しかし、今日の中国におけるクリスチャンの数は、五千万人とも、一億人とも言われています。
 フランスのヴォルテール(1694-1778)は、聖書を嘲笑(ちょうしょう)して、「三十年もすれば聖書を読む人など一人もいなくなる。百年後には聖書は博物館に飾られ、昔の人はこんなものを読んでいたのだと語られる」と言いました。しかし、聖書は滅びるどころか、聖書は世界の永遠のベストセラーです。世界の二千以上の言語に翻訳されています。聖書は永遠のべストセラー、まさに「本の中の本」です。

 主イエスは言われました。

「天と地は過ぎ去る。しかし、わたしの言は決して過ぎ去ることはない」(マタイ24:35

聖書は非常に特別な書物です。神から人類へのメッセージであり、神があなたに書かれた愛の手紙なのです。

 

出典:日本福音書房「恵みのことば」第12号、13号、15号


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